近藤久敦によるエッセイ 第1回  
2004/11/12公開
『あるコンサートの思い出』
 今から33年前、1970年2月か3月のある日、NHKのお昼のお知らせの番組の中で
「このほど大阪万博のために招かれた、イタリアの『カラビニエリ吹奏楽団』の公開録画を内幸町のNHKホール(当時の)で行われます」
というアナウンサーのコメントが耳に飛び込んできました。

 この時私は中2から中3への変わり目で、中学で所属している吹奏楽部の部長に成り立てで、部活に対する意気込みもかなりのものだったと思います。そんな事もあって整理券を応募すると、運良く2枚当たり、同級生でコンサートマスターのH君と行く事になりました。

 当時、情報も少なく、中学生ということもあって、このバンドに対する知識は全くなく、何と恐ろしいことに演奏するのは、外国のアマチュアバンドだろう、程度にしか考えていませんでした。
 今では考えられないようなポータブルの録音機(私と同年輩以上の方ならご存知とは思いますが、モノラルでオープンリールのもの。)を抱えてホールに入ると、顧問の先生を初め吹奏楽の世界で有名な方々がたくさんお見えで、逆に、何で中学生のお前らが?と言うような表情で僕たちを見ていたようです。
 そんなやや緊張した雰囲気の中、坊主頭に詰め入りの学生服姿の僕たち二人は、ホールのほぼセンターの席を確保し演奏者の登場を待ちました。

 メンバーが登場してまず驚かされたことが、見たこともない艶やかな色彩のコスチューム、帽子もナポレオンがかぶっているようなものにきれいな羽飾りがついていて、まさにイタリアンカラーそのもの。すでにプログラムでこのバンドがイタリアの軍楽隊でヨーロッパではギャルドと肩を並べるほどの実力、という最初の見方とは大幅に予想を反したバンドであることが分かっていました。それにしても、私が知る限りの軍楽隊(固く暗いイメージ)とはほど遠いものでした。 
 
 見た目の艶やかさもさることながら、編成の凄さにも驚かされました。当時の私にしては50?60名程度の編成しか見た経験はなく、コンクールでも40名編成という時代でした。ところが舞台いっぱいに100名以上のカラフルな演奏隊員が並び、持っている楽器の種類の多さや珍しさに、まるで楽器の博覧会を見ているようでした。
 B♭クラリネットだけで30人以上いて、E♭クラリネットは4人、それよりさらに短いA♭クラリネットが2人(見るのも音を聞くのも当然生まれて初めて)、その他トロンボーンは全てスライドではなくバルブ式のもので(現在のカラビニエリは普通のスライドトロンボーンを使っている)、おまけにコントラバスのトロンボーンまで入っていました。
 また、サクソルン族の楽器(フリューゲルホー、アルトホルン、バリトンなど)もすべて複数でそろっており、現在は一般的には使われることは全くないサリュソフォーンなど、この世に存在する管楽器が全て使われているというような編成でした。

 そのように贅を尽くした編成から湧き出る音といえば、もうお分かりでしょう。今までに聞いたこともないような素晴らしいサウンドでこれ以上の色彩感はあり得ないというほどのきらびやかさ。その音の素晴らしさに、空いた口がふさがらず鳥肌が立ちまくり、中学生ながら感動また感動で涙さえ出るほどでした。
 もちろんサウンドばかりではありません。これほどの大編成ながらアンサンブルの乱れも全く感じられず、各奏者の妙技も驚くばかり。特に、通常フルートで演奏される「ウイリアムテル序曲」のフルートソロを、長さ25pほどのA♭クラリネットによって完璧なまでに演奏したことには驚かされました。

 当日のプログラムはほとんどがイタリアオペラの序曲や間奏曲で、オーケストラで聞くそれらの曲よりはるかに素晴らしさを感じさせてくれました。

 この時の指揮者はドメニコ・フォンティーニ氏で、演奏作品は全て彼の編曲によるものでした。これほど色彩感溢れるサウンドを作り出せる指揮者は素晴らしいの一言に尽きます。この演奏会の時にはすでにご高齢だったようですが十数年前にお亡くなりになったそうで、彼の指揮によるカラビニエリの演奏が二度と聞くことが出来ないのは残念で仕方ありません。しかし、あれから30年以上がたった今でも、私の心の中にサウンドイメージの原点として生きづいていることに間違いありません!

♪Hisaatsu Kondo♯♭Conductor♪

次回もお楽しみに・・・

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